つい先日 (2015年8月6日) 東京地裁にて「ビットコインに所有権は認められない」という判決がなされた、という内容が各社から報道されました。
字面だけを読むと「Bitcoinは特定個人が排他的に支配することはできないものであり、法的には何も保護されないということなのではないのか」 と感じられてしまいますが、この考えは本当なのでしょうか?
そもそも訴えを起こした男性は、なぜ破産手続きによる債権の精算を待たずにこのような裁判を起こしたのでしょうか?
このような疑義が色々と発生しましたので調べてみましたところ、いろいろと面白い事実が判明しました。 結論としては「法的なBitcoinの取扱は銀行の口座残高のそれと同様である」ということを指し示しているだけであり、 Bitcoinの窃盗が合法だとか、そういう過激な内容ではありません。(当然ですが)
なお、予め断っておきますが、筆者自身は法律に関してはずぶの素人ですので、勘違いや間違い等があるかもしれません。 もしもおかしなことを言っておりましたらコメント欄もしくは Twitter (@visvirial) にてご指摘いただけますと幸いです。
発端
事の発端は、2015年8月6日頃に報道された、以下のような記事となっております。
- 【日本経済新聞】ビットコイン「所有権なし」 東京地裁、利用男性の請求棄却
- 【時事通信】ビットコイン「所有権対象外」=顧客への返還認めず-東京地裁
- 【産経ニュース】「ビットコインは所有権の対象に当たらず」東京地裁
具体的な記事の内容ですが、上記一番はじめの日経の記事を一部引用します。
仮想通貨ビットコインの取引所「マウントゴックス」を利用していた京都市の男性が、破産手続き中の運営会社「MTGOX」の破産管財人を相手に、預けていたビットコインの返還を求めた訴訟の判決で、東京地裁は6日までに、「ビットコインは所有権の対象とならない」との判断を示し請求を棄却した。
(中略)
倉地真寿美裁判長は判決理由で、所有権は民法上、液体や気体など空間の一部を占める「有体物」で、排他的に支配できるものを対象としていると指摘。その上で、ビットコインに有体性がないのは明らかとし、ビットコインを利用者間でやりとりする際には第三者が関与する仕組みになっており、排他的支配の実態がないとも認定した。
要するに、
- 京都市の男性が、Mt.Goxの破産管財人を相手取り、預けていたBitcoinの返還を求めていた
- 裁判所は「Bitcoinは所有権の対象とはならない」とし、男性の訴えを棄却した
とのことですが、①そもそもなぜ男性は破産手続きによる分配を待たずに訴えを起こしたのか?②所有権の対象とはならない、とは一体どういう意味なのか?といった疑問がわくと思います。 そこでまずは①を考えるために破産手続きに関する法律をみてみましょう。
破産手続き
そもそも「破産手続き」とは、債務を持つものが支払不能または債務超過に陥り債務が履行できなくなった場合に、破産者に残された財産を債権者に分配することで債務を精算することです。
日本において破産手続きの具体的なルールは、破産法によって定められています。
破産手続きが開始されると、破産者の財産は裁判所が選任した「破産管財人」に管理されることとなります。 Mt.Goxの場合には小林信明弁護士が破産管財人として選任されています。
そして、裁判所は破産債権者からの債権届出を集め、債権調査が完了したら破産者に残されていた財産を債権者に分配し、破産手続きは終了です。
ですので今回のMt.Goxの件でも通常の処理と同様に、Mt.Goxに現金やBitcoinを預けていた債権者に債権届を提出してもらい、それをもとにMt.Goxに残されていた現金及びBitcoinを各ユーザの持ち分に基づいて分配することとなります[1]。
Mt.Goxに対して債権をお持ちの方は(筆者も含め)ほとんどの方がウェブサイトの指示に従い債権届の提出を行ったことと思います。
では今回訴えを起こした男性は上記通常のフローに従わずに、なぜ時間もお金も労力もかかる裁判を起こしたのでしょうか?
取戻権
破産者の財産を債権者に分配する際には、債権の大きさなどに基づいて単純に分配するのではなく、 実は優先的に回収できるものが存在します。 かなり細かい条項がいくつもありますので、詳細はこちらのページなどをお読みいただきたいと思いますが、 今回関係するのは「取戻権」というものです。
取戻権とは簡単に言うと、破産者の財産ではないが、破産時に破産者の手元にあったために、破産管財人によって管理されているものを取り戻すことができる権利です。 例えばトレーディングカードゲームの中古販売を行っている友人に対して、あなたはカード展示用のショーケースを貸していたところ、友人のショップの売上が伸び悩み遂には倒産してしまったとします。 この場合にはショーケースは自分の持ち物ですので、破産手続きによってショーケースの評価額に類する現金をもらうのではなく、ショーケースそのものを返してもらいたいですよね? このような場合に、破産手続きによらずに自己のショーケースをそっくりそのまま取り戻すことができる、という権利のことを取戻権というのです。
取戻権を認められるものについてはいくつかの条件があります。詳しくはこちらをご覧いただくとして、 取戻権が認められる代表的なものとしては「所有権」があります。 先程の例で言うと、「ショーケース」の「所有権」は破産者ではなく、あなたに存在しているために取戻権が認められるのです。
ですから今回Mt.Goxの破産管財人に対して訴えを起こした男性も(訴状を読んでいないので推測ではありますが)Mt.Gox内に保有する自己のBitcoinに対してこの取戻権を主張し、 他の債権者よりも優先的に自己のBitcoinを取り戻そうとしたと考えられます[2]。
しかしながら今回の判決では「Bitcoinは所有権の対象とはならないと考えられるため、当然に取戻権も認められることはできない」という結論が下されたということになります。
これで今回の裁判の主旨はお分かりいただけたかと思いますが、それでは「Bitcoinは所有権の対象とはならない」とは一体どいういうことなのでしょうか? このことを考えるために、まずはそもそも「所有権」とはなんなのかについて考えてみましょう。
「所有権」の法的定義
「所有権」というと、ものを自由に使ったり処分したりできる権利のこと、となんとなく理解している方が多いと思いますが、 実は日本国内では民法によってしっかりとその定義が定められています。
所有権の上位概念(オブジェクト指向的にいうと、親クラス)として「物権」というものがあり、所有権は物権の一つとなっています。 物権とはモノを支配する権利全般を指し、所有権以外にも抵当権(相手が破産した場合に相手の所有するものを売却等して優先的に賠償してもらえる権利)や占有権(所有はしていないが、レンタル料等の支払いによって対象のモノを自由に使用することができる権利)などが含まれています。
さて、この所有権の上位概念たる物権を適用できる対象は「物」ですが、「物」とは何を含んで何を含まないのかを明確化しなければなりません。 「物」の範囲をどうするかは国によってまちまちですが、日本では「『物』とは、有体物をいう」と民法にて定められています。 ここで「有体物」とは物理的な実体のあるものであり、固体・液体・気体など空間の一部を占めて存在する物のことをいいます[3]。
少し長くなってしまいましたがまとめると、「所有権」の発生する対象は「物」だけであり、「物」とは物理的な実体のあるものにのみ限る、ということになります。
従って権利やデータなどには所有権は発生しません。 手元にある紙幣や硬貨に対しては所有権が発生しますが、銀行の口座残高には所有権は発生しません。 誤解を恐れずに標語的なことをいうと、「お金には所有権はない」のです。
しかし所有権が発生しないと言ってもそれは法律的に保護されないということではなく、 例えばネット銀行の口座がクラッキング被害にあい残高が盗まれてしまった場合には、確かに窃盗罪は当てはまりませんが、 不正アクセス禁止法や電子計算機使用詐欺罪などにより処罰されることとなります。
では今回のBitcoinの件についてはどうかというと、記事内でも指摘されているようにBitcoinには物理的な実体は存在しませんから(法的に定義されている意味での)「物」ではありませんし、 所有権も発生しないというのはほぼ明らかと言えるでしょう。
ですのでクラッキング等によってBitcoinを盗まれてしまったとしても窃盗にはなりません。 しかしネット銀行へのクラッキングの場合と同様に、不正アクセス禁止法違反等による処罰の対象にはなりえます。
所有権が存在しないというと、法的な保護が一切受けられないのではないかという印象を受けてしまいますが、むしろ逆で、 ネット銀行の口座残高と同様の扱いによって法的にはきちんと保護されるのです。
結論
「Bitcoinには所有権はない」などと、まるでBitcoinは法的には一切保護されないのではないかと思わせてしまうような、 煽るようなタイトルの記事が多数見受けられましたが、 実際には所有権がないということはネット銀行の口座残高情報(銀行の口座残高には所有権は発生しません)と同様の扱いになるということを意味しているだけだということが分かりました。
Bitcoinは革新的な電子マネーだと言われていますが、せいぜい特定の発行者がいないという特徴があるだけですから、 法的(物権的)な見方をすると銀行の残高や企業の発行するポイントなどと同様に扱うべきだということは、 まぁ当然かなと思います。 一方で「Bitcoinのような価値記録は『物』のようなものなんだ」などとといわれており、立場が明確化されていない現状において、 一つの明確な裁判例が出てきたことはBitcoinの法的な立場の確立における大きな一歩であると考えてよいでしょう。
脚注:
- ただ、Mt.Goxの件に関しては債権者数が非常に多いこと、国外ユーザがその大半を占めること、などを理由に通常よりかなり柔軟な対応(インターネット経由で申請できるとか、Bitcoinを売却して分配するのではなく、Bitcoin建てでの分配もできること、など)が取られているようですが ↩
- 要するに抜け駆けしようとしたわけですねw ↩
- ただ、このように定義してしまうと電気のように物理的な実体のないものを盗んだ場合には厳密には「物」を盗んだわけではないため、窃盗罪には問えなくなってしまいます。そのため、定義を少しだけ拡張し、排他的に管理することができるようなものも有体物の範疇に入れよう、という派閥もあるようです ↩
匿名
-電気については、刑法245条において、「電気は、財物とみなす」とされているため、窃盗罪に問うことができます。別の見方をすれば、みなし規定がなければ、電気窃盗を罪に問うことはできないということですね。
びりある
-この記事を書くために調べていてはじめて知ったのですが、そのようですね。
「電気窃盗」も電気を勝手に使って盗む人が多数現れたために法律が改正された、という経緯で事後的であり、
Bitcoinでも同様に何か問題が出てから法律が事後的に整備されていくのではないかと思います。